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祐気取りお水取り神社:二荒山神社

futarasan.jpg今日は、群馬県、長野県(北部)、岐阜県(北部)、福井県、京都府(北部)の五黄土星、八白土星の方にとって、お水取り(祐気取り)できる神社、東の吉方位にあたる日光市の二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)を紹介します。

奈良時代末790年(延暦9年)勝道上人(しょうどうしょうにん)が創建した神社で、日光山岳信仰の中心となる神社。
日光東照宮造営以前は、二荒山神社が日光山内の中心的存在。
現在の建築物は、1619年(元和5年)に二代将軍秀忠の寄進により、桃山調の社殿に立て替えられたもので、現存する中で日光山内最古の建築物。

日光の三つの山の神を総称して二荒山大神と称し、主祭神としている。
男体山(2486m):大己貴命(おおなむぢのみこと)大国主命の幼名
女峯山(2464m):田心姫命(たごりひめのみこと)
太郎山(2368m):味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)

この山々は、神が鎮まる霊峰として古くから信仰されてきた。この日光の神々は「日光三山」「日光三所大権現」などと呼ばれ、山の名前からもわかる通り、これらの神々は親子と考えられてきた。

二荒山の名は、諸説あるが観音菩薩が住むとされる補陀洛山(ふだらくさん)が訛ったものといわれ、のちに弘法大師空海がこの地を訪れた際に「二荒」を「にこう」と読み、「日光」の字を当てこの地の名前にしたと伝えられている。

戦国時代には、後北条氏に加担したため、豊臣秀吉に領地を没収され衰退した。江戸時代初め、隣接して徳川家康を祀る日光東照宮が創建され、当社はその地主神として徳川幕府から厚く崇敬を受けた。旧社格は国幣中社。現在は神社本庁の別表神社となっている。

江戸時代までは御神領74余郷という広大な社地を有していた。
現在でも日光三山を含む日光連山八峰(男体山・女峰山・太郎山・奥白根山・前白根山・大真名子山・小真名子山・赤薙山)や華厳滝、いろは坂などを境内に含み、神域の広さは3400ヘクタールで、伊勢神宮に次ぐ面積を持ち、日光国立公園の名所の多くが境内にある。

本殿や神橋など23棟が国の重要文化財に指定されている。

方位境界に近い方は、正確な方位図を作って確認してから出掛けられることをお勧めします。

所在地
〒321-1431
栃木県日光市山内2307
TEL (0288)54-0535

個別の記事から閲覧に来られた方へ
開運方位術総合記事はこちら⇒ 『これが祐気取りの肝!』

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この記事へのコメント
こんばんは
いつもありがとうございます♪
今日は日光なんですね。
行ったことはないんですが、旅行は大好き
なので、あちこち行ってみたいですね。

応援ポチです。
Posted by miyabi115 at 2007年04月08日 21:10
毎回、素晴らしい記事と写真ですね〜☆
すごいなあ…と読んでいるんですよ。

山とか木とかって、神が宿って、強い「気」が存在しているのでしょうね。
時々はそういうものに触れてみたいとは思うのですが、なかなか…。

応援ポチ☆ッ!
Posted by ヨーズ at 2007年04月08日 23:07
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